谷口神父 来神   24/0316




私は外資系の銀行マンから転じて、
30年前に 54才でカトリック高松教区の 神父になりました。


高松教区では 新求道共同体の世話をし、
レデンプトーリス・マーテル国際宣教神学院の建設に携わり、
恩人・上司の深堀司教様が 信徒から不当に裁判に訴えられたときは、
司教の身代わりとして 公判に臨み、司教を弁護し、実質無罪を勝ち取りました。

しかし、深堀司教様が定年引退されると、新求道共同体を撲滅し、
神学校を 廃校に追いやることを至上命令と感じ、
確信犯として乗り込んできた 溝部新司教によって、
その計画の最大の障害である 私の首に、私の望みに反して、
「旅人宣教司祭」の札をふら下げて、何の保証もなく
強制的に教区外に追放しました。

溝部司教の後任の司教も、同様の立場を引き継ぎました。
その結果、私は、不名誉と汚名を着せられたまま 20年にわたり世界を放浪しました。

この度、教勢が極端に落ち込み、信徒も司祭も激減した高松教区は
独立した司教区として立ちいかなくなり、
救済措置として、高松教区は大阪大司教区に併呑されました。

その結果、私の新しい上司は 大阪の前田万葉大司教様となりました。
その大司教様は、拡大新大司教区の教会の一つである
神戸中央教会の司祭として 私を任命されました。

電話で辞令を受けたその日の晩には公式発表になりました。
まさに晴天の霹靂でした。

かいつまんで言えば、以上です。

谷口幸紀拝