幻視民主主義   21/04/18


今のご時世 お決まりの挨拶は抜きに。

唯一の明るいニュースは、
我が「阪神タイガース」の快進撃。
マルテは3番だが、相も変わらずの三流のご活躍!
大山は何を勘違いしているのか、ホームランを自粛中!
藤波は2ランホーマーで、投打で大谷に迫る勢い!
佐藤は当たれば大きいが、真空切りも、ど派手なドラフト1位
矢野監督は采配よりマスクが似合う時流派!

それにしても、民主主義は欠陥多すぎメモに記す。







第二次大戦後70数年 鮮明になり出したのは
戦後日本が心酔して来た 民主主義が
世界や 特に米国での 機能不全が指摘され
その回復を 目指そうとすればするほど
摩擦が生じて 生じた亀裂は埋めがたく
民主主義の役割は 最早 過去の遺物と 
冷静に判断すべき 時代の到来である。

民主主義は(が)愚行を生み出し、
愚行は(が)民主主義を生み出す。
Democracy produces stupidities,
Stupidities produce democracy.
DPSとSPDが 並列・同時進行の時代である。

「は」と「が」の使い分けでニュアンスは(が)変わり
日本語は(が)奥深い。

50年代 女優モンロー主演の「帰らざる河」
The River of No Return
半世紀後の トランプ主演の「帰らざる大統領」
The President of No Returnの 登場と退場。

民主主義を 国是とすると 謳ってきた米国で
類まれなる政治姿勢の トランプ大統領と
心ならずもの共演に 米国民が初体験で盛り上がり
2017上演 打ち上げ2021年の
期間限定の一大興行。

米国の名高き拳銃 コルト45(Colt .45)
前のトランプ大統領は 第45代であり 
自慢の お手製拳銃の トランプ45(Trump.45)で 
速射と連射を 遠近わきまえずに 繰り返し
惜しいことに 時には良き点を持ちながら
その射撃姿勢と 場所選択無しの乱射で 結果は 
紙面と画面を賑わしたい 企みに長け 処々で待ち伏せた 
今や 民主主義国最大の暴君である メディアを敵にまわし 
終には 反知性主義の烙印を 陰険・巧妙に押され
彼の悪印象への誘導が 米国と世界で
多発的に瞬時に拡散する 日々であった。

しかも 民主主義が避けることのできない
内部原因の自滅性と 外部からの攻撃からへの脆弱性が 
世界規模で 同時進行的に展開して 
民主主義そのものが 歩行困難な時期に入ったのは
反民主主義の大先輩 中国やソ連・ロシア等々の予告通りで
トランプによる 意図せざる 民主主義破壊への行為が 
この予告の実現に 貢献した。

余の辞書に「不可能という言葉なし」の ナポレオンさえ
「敵意のある四つの新聞は 千の銃剣よりも恐ろしい」
と警戒した 手強きメディアだが
メディアは 民主主義を訴えながら 歪曲と捏造で
メディアこそが 民主主義を破壊しつくした 張本人であり
それを指摘する人は 少ない? 多い?

交通整理なき情報化社会では メディアは
この欠陥を利用して 真実の報道者ではなく 
パソコンを適当操作し 真実への製作者 と変身し
その効果を メディアどうしが
競い合う時代に 我々は 直面し 誘導される
「情報 おれおれ操作」の 時代展開となっている。

心理学で
「ヒトには何かを称賛し 何かを貶めたい欲望が常にあり」
でメディア従事者も そのためには
机上での 「練り上げ真実」を創作するのが
日常茶飯事の世界である。

さて 民主主義が満開の米国だが
約100年前に イタリアのムッソリーニは
「民主主義は 理論上は美しく 実践上は誤りだ!
諸君は いつかそのようなアメリカの姿を 見るだろう!」
と米国の今を 的確に捉えていた。 

さらに 遡る100年前に
「愚人は過去を 賢人は現在を 狂人は未来を語る」
と 百年後のムッソリーニの出現を
的確に捉えたのが ナポレオン1世である。

トランプは メディアに利用されたのであり
退場するまで 否 今も彼は 利用された自分が
被害者であることに 気付いていない。
さらに重大なのは メディアも 自らが関与している
彼らの破壊行為に 気付いていない。

トランプが 欧州で敬遠されるのは その言動やしぐさが
容貌と共に ムッソリーニに 酷似しているからである。
メディアの懐柔策も 共にヘタであった。

だが 注目すべき例外があることを 忘れてはならない。

反する新聞を抑え込み ねじ伏せて窒息させたのが
ヒットラー、スターリン、毛沢東、金日成で
一代限りの ドイツの例を除き
他三名は それぞれの後継者たちによる
今も 露・中・北朝の鉄壁には
いかなる国や組織のメディアも 歯が立たず
攻めるほうが諦めて
逆に信奉者が 新型コロナのように蔓延し 
鉄壁を越えて 真実なのは メディア名と日付のみ
それ以外は 偽造物満載の情宣が 世界に拡散する。

かくして 安全圏で吠える暴君メディアも 
意外に諦めは早く 反応皆無の手強い相手を 
巧妙に避け メディアは有反応を嗅ぎまわる。

16世紀から20世紀への 欧州発の植民地主義
コロニアリズムに次いでの
21世紀からの中国発の コロナ戦略主義
コロナリズムとでも言うべき
全世界の人類と 動物さえも巻き込む
鬼滅ならぬ 毀滅図の展開に
今の我々こそは 歴史的臨場の世紀的証人である。

民主主義と簡単に言うが
その解釈は 意図的にも多様化し 
それぞれが 勝手に解釈し
もはや 民主主義は幻視・幻想である と認識すべき 
時代の到来である。

民主主義は 素直に定義すれば 
象徴であり 合意の基に育むべきものであり 
意図を持って利用するべきものではなく 
活用し慈しみ育て 明日に希望を抱いて
最大多数の幸せの実現に向け
その成長に 夢と希望を託するものである。

だが、小賢しく利用しようとすれば
希望と夢がせめぎ合い 実りのない 争いの世相となり
今も 嫌ほどに 経験している。

だが 最大多数の幸せを追求すると 中国が今 
主張しているように 中国中心主義となり
人口比と人種比で 他国や他人種は枠外となる。 
 
また 民主主義の幻想を信じての 
自己実践程度なら許されるが
他者や他国に求めるものではなく
この価値観を 強要してはならないことを
中・露・北が 忍耐強く知恵を絞り出し
自国民達を 徹底的に犠牲にしてまで このことを
懇切丁寧に 忍耐強く教えてくれている。

その彼らは 民主主義を信じないが
仮想敵国の民主主義を 最大限に利用は 
するし してきたし これからもする。

日本でも
「市民団体」「市民の会」と名乗れば
そこのけそこのけ ご市民様が通る!のは
民主主義の利用であり
「市民」と名乗れば 民主主義が内蔵し保持する
有害無益なな可能性を 巧妙に隠ぺいできる。
 
共産中国が指摘するように
民主主義が避けて通れない 歴史的現実が
衆愚政治であり 衆愚政治は 最早 民主政治ではない
は正しい。

欧州のEU成立への過程 英国の離脱や米国大統領選
では 民主主義も民主政体や政権も また
民主を奉ずる政党も 本来の「民主」とは離れ
相手を罵り合うだけで
自分たちを 民主主義者とは思っていないだろうし
騒いでおれば 民主的運動をした気になり
Highになる 民主主義曲解の麻薬効果である。

米国での抗議・騒動・略奪では 公権無視の結果
被害者と称する黒人が この瞬間に 一転して
猛々しい加害者となり 暴虐を正当化し
無関係な施設や商店を破壊・略奪し
メディアも これらの暴動を糾弾するより
加担や賛同の安易な選択をし 民主主義の崩壊となった。

ついでに 「民主」を掲げる国を調べると
@ アルジェリア民主人民共和国
A エチオピア連邦民主共和国
B コンゴ民主共和国
C サントメ・プリンシペ民主共和国
D スリランカ民主社会主義共和国
E ソマリア民主共和国
F 朝鮮民主主義人民共和国
G 東ティモール民主共和国
H ラオス人民民主共和国
となり 眺めれば 今さらに言及する気も起らない。

米国で Democratを
DemocRAT(ratはドブネズミ)と 自嘲・揶揄し
中国で 民主主義(民主制)を
「民主」=「民の主」=「主は党の指導部」と 
現在進行形の 批判不寛容の主義思想である。

幻視民主主義 word