中村神父メール   19/12/11


忘年会、たのしいひと時を感謝。
12月のもの、送るのが遅くなりました。
どうぞ宜しく。





六甲春秋:その六  死者を祈念して

 11月3日のミサ後に、長峰墓地の墓参があった。
この一年に亡くなった方々を 共同墓地に納骨した後で、
お墓の一つ一つに 聖水を降りかけて祈った。

数百もある墓石を二人の司祭が手分けしたが、急な段差を手すりにすがりながら無事に終わった。両親の墓も伯母の墓も、教会の神父さんたちや高校でお世話になった先生方のお墓もあった。
中には雑草に埋もれたもの、墓碑銘が読めないものもあった。

険しい坂道に阻まれて、どうにも身内の墓地まで行き着けない遺族も増えてきたのかもしれない。何年間も お参りも世話もなく、また連絡も久しく絶えて更地になる墓もあるとか。

 私はこの6月で80歳の大台をこえ、今までお世話になった故人の方々を偲んでいるが、
その人数の多さと力強さに驚いている。

時には独りニンマリ笑うこともある、誰かさんとそっくりの応対だったり
言葉だったりするからである。

両親や祖父母、叔母や伯母などの親族はもとより、
小学校から大学に至るまでお世話になった先生たち、
教会や内外のイエズス会で 関わりを持った数多の先輩や後輩たち。

彼らは既に亡くなり墓に葬られてはいるが、
彼らこそ 今ここに在る私を可能にしているばかりか、
掛け替えない彼らとのご縁こそ 私の生き方と考え方、好むものと嫌うもの、
また対人関係に直接かかわる 私の骨格・根源を創っている。

彼らとの出会いなしに、私の今がない、
いわば私のひととなり・生命線を創った恩人といえよう。
毎年のようにお墓参りを行い、雑草を抜いて管理するか否かではなく、
一人ひとりが 人生の途上で不可思議にも 交差し共に過ごした年月を
恵みとしてご縁として思い起こし、有難くその出会いを感謝して受け止めたいものだ。

おそらく先人たちの誰も幸いに、完全無欠な聖人でなかったかもしれない。
そこに私ならではの戒めも選び分けもある。
死者の願いと導きに応えて、自分らしく勇ましくガメツク生きて関わりを拡げたいものだ。
イエスの復活を信じイエスの救いに与っている死者のために、
私たち生者が 祈念し追悼し供養しなければ、彼らが救われ成仏しないのではない。

極論すれば 死者は既に神の御手の中に抱かれ 新たなイノチに与っている。
むしろ現に生きている私たちこそ、心新たに今ここに悩み苦しみ迷いながらも
進み行かなければならない、彼らの支えや導きに応えて。

京都ではお盆の行事として 五山にそれぞれ火を灯して、
故人の黄泉へ昏い道を照らして見送るとか。
何だか余りにも素朴で微笑ましいが、今は亡き人々との切っても切れない
ご縁を想い計るヨスガとしてならば、大切な意味があろう。

私たちキリスト者は イエスの復活に寄りすがり、
恵みとして与えられる永遠の命によって、死後も新たな交わりに与る希望を固く懐いている。
それならばこそ、
生きている私たちと既に死んだ人々との関わりや繋がりを もっと真剣に受け止め、
そのご縁を深める心遣いや 祈りやヨスガを大切にしたい。