毎日新聞 2014年07月28日 東京夕刊



第一次世界大戦研究: 現代史と国際政治の原点から /4 

大戦起源論 今なお未決着の論争   
大戦起源論にかかわる著作の数々
大戦起源論にかかわる著作の数々
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 ◇錯誤の集積とみる「渦巻き史観」 「ドイツ主犯説」経て回帰も

  欧州各国を覆った1914年7月の危機は、制御されることなく未曽有の世界戦争に発展した。
 開戦の責任はどの国が負うべきか、第一次世界大戦への波及は果たして必然だったのか??。
 これらの問いかけは、100年後の今日まで幾度となく繰り返されてきた。

  第二次大戦後の47年、米外交誌『フォーリン・アフェアーズ』に匿名論文を寄せ、ソ連封じ込めの必要性を説いた
 外交官・歴史家のジョージ・F・ケナン(1904?2005年)は、51年刊行の『アメリカ外交50年』
 (邦訳は岩波書店、有賀貞ほか訳)で、第一次大戦を現代の「最も不可解な、最も悲劇的な事件」と位置づけ、
 <何か重大な見込み違いを、どこかで起したに違いないと考えねばならないのではあるまいか>と疑問を提起している。

  「重大な見込み違い」の起源を求める問いは、
 現代の外交史、国際政治史の分野で最も真摯(しんし)に研究されるテーマとなった。
 中西寛・京都大大学院教授(国際政治学)は「政府の外交文書を使った外交史や国際政治史の研究は、
 第一次大戦の開戦責任をめぐり、関係各国が積極的に公開した政府文書を利用することから始まりました。
 大戦は国際政治研究のモデルを提供した、そもそもの出発点でもあるのです」と語る。

 「起源」の探求はしばしば激しい論争を生んだ。

  60年代まで、米ジャーナリストのバーバラ・W・タックマン(12?89年)が62年に著した
 『八月の砲声』(ちくま学芸文庫)に代表される「渦巻き史観」??「各国の軍拡競争が外交的解決の余地を狭め、
 錯誤の集積によって大戦に至った」という見方が「通説」とされた。

  これに対し、独ハンブルク大教授のフリッツ・フィッシャー(08?99年)は二つの著作、
 『世界強国への道』(61年)と『幻影の戦争』(69年、未邦訳)で「ドイツ主犯説」を唱え、大論争を巻き起こす。

  直近の第二次大戦を視野に入れ、ナチスの戦争責任に関連づけて第一次大戦の起源を論じた
 フィッシャーの研究は、ドイツの開戦意思と慎重な計画性の存在を外交・軍事当事者の書簡などから明らかにしており、
 学界のみならず政界に対しても衝撃を与えた。

  しかし、意外にも当事国ドイツ以外の歴史家の手でさまざまな疑義が投げかけられる。
 英歴史家のジェームズ・ジョル(18?94年)は84年の著作『第一次世界大戦の起原』(みすず書房)で、
 外交や軍事以外に内政の圧力、国際経済、帝国主義の対立、さらには14年の雰囲気(時代の精神状況)にまで及ぶ
 広範な視点の必要性を説いた。

  ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)でジョルに師事した木畑洋一・成城大教授(国際関係史)は
 「この著作が、フィッシャーの議論を強く意識しながら執筆されたことは疑いありません。
 論争自体に関わるより、むしろ一歩引いて、より多面的、多層的に論点を位置づけようとした冷静で実証的な研究姿勢こそ、
 重視されるべきでしょう」と語る。

  そして現在、クリストファー・クラーク英ケンブリッジ大教授らによる「包囲され、没落することへの恐怖から、
 複数の国が戦争に訴えた」との見方が浮上している。
 中西教授は、これら最新の研究成果を「『渦巻き史観』への部分的な回帰」と捉える。

  膨大な公文書類を駆使しつつ繰り広げられてきた「大戦の起源」をめぐる論争は、100年を経てもなお決着していない。

  シカゴ大での50年の講演を収録した前掲書で、 ケナンはすでに
 <諸君が戦争責任のいろいろな度合を計量しようと試みても、むしろぼんやりとした結果しか得られないだろう>と予言し、
 開戦後の推移を<戦争の起源と同様に、悲劇的であり、不条理なものであった>と述べた。

  4年余を費やし、戦死者だけで約1000万人にのぼる犠牲を出すに至った大戦の惨禍について、
 ケナンは政治家や宣伝家など「騒がしい少数(者)」を指してこう問責する。

  <この種の人びとは、軽率なまた盲目的な愛国心を煽(あお)るようなスローガンに逃げ道を求める。
 (中略)短慮と憎悪に基づく意見は、常に最も粗野な安っぽいシンボルの助けをかりることが出来るが、
 節度ある意見というものは、感情的なものに比べて複雑な理由に基づいており……
 (中略)大戦の過程において交戦国民の間には、分別とか謙譲とか妥協的精神というものが生れなかった>

  ケナンは講演で、ドイツの作家レマルクの小説『西部戦線異状なし』を聴衆に紹介し、 その長い一節を朗読した。
 1914年の欧州の人々が、この小説に描かれた大戦の本質を知るまでには、ほんの数カ月しかかからなかった。
 
 【井上卓弥】=次回は8月25日掲載